はじめに:「観光立国」の光と影

訪日外国人観光客の増加が続くなか、日本各地で「観光公害(オーバーツーリズム)」という言葉が聞かれるようになりました。2023年には過去最高の2500万人を超える外国人観光客が訪れ、2025年の大阪・関西万博を控え、さらに加速が見込まれています。

私たち編集部が所在する銀座も例外ではありません。シャネルやルイ・ヴィトンの店先には、連日多くの観光客が列をなし、交差点を渡る人の半数以上が外国人という光景はもはや日常。景気回復の追い風として歓迎される一方で、静かだった路地裏には観光バスがひしめき、地元住民の暮らしや労働環境にひずみが生じています。

観光公害とは何か

観光公害とは、観光客の急増によって地域住民の生活や自然環境に悪影響を及ぼす現象を指します。英語では「overtourism」と呼ばれ、世界中の観光都市──バルセロナ、ヴェネツィア、京都──で深刻な社会問題となっています。

主な影響は以下のとおりです:

  • 交通混雑:狭い道に大型観光バスが入り、歩行者の安全を脅かす
  • 騒音・マナー違反:深夜の騒ぎ、路上での飲食や喫煙
  • 住環境の悪化:住宅地への民泊拡大による家賃上昇と住民の転出
  • 文化の消費:伝統行事や風習が「映え」目的の観光コンテンツと化す危険

銀座の現場から:観光の熱狂と生活のズレ

銀座はかつて、文化人や買い物客が静かに集う大人の街でした。しかし現在は、ブランド店前で大声を上げる団体客や、自撮り棒を振り回す観光客が歩道を埋め尽くします。

地元の飲食店経営者はこう語ります。

「確かに売上は上がったが、マナーの悪い団体が入ると、常連さんが来づらくなってしまう。」

観光バスの違法駐車、ゴミのポイ捨て、公共トイレの長蛇の列──こうした現象が日常化し、住民や労働者の間に疲弊と諦めが広がっているのです。

観光を「悪」とせず、共生の道を探る

もちろん、観光は日本経済にとって重要な柱です。特にコロナ禍で打撃を受けた地域にとって、訪日客の消費は不可欠な回復手段でもあります。

問題は「数」ではなく「質」。つまり、観光客をどう迎え、どう導くかという戦略が問われています。以下は一部自治体や企業が実施している有効な対策例です:

  • 観光税の導入(京都市):収益を清掃費や観光マナー啓発に充当
  • 人数制限・予約制(鎌倉・鶴岡八幡宮):特定時間の集中を回避
  • 分散観光の推進:有名地に集中せず、周辺地域の魅力も発信
  • デジタル誘導:AIナビゲーションによる混雑回避ルートの提示

銀座でも、歩道の混雑状況をリアルタイム表示する試みや、観光バス駐車の事前予約制などが検討されています。

日本文化の本質を伝えるという視点

観光公害の背景には、「観光=消費行為」とする単一的な価値観があります。しかし、日本の文化は消費ではなく、むしろ静けさや敬意のうえに成り立つ精神性にあります。

訪日客の側も、本当は「本物の日本」を知りたいと願っているかもしれません。ならばこそ、私たちが伝えるべきは「撮影OKの神社」ではなく、その場でどう振る舞うかという価値観なのではないでしょうか。

例えば、「鳥居はくぐる前に一礼」「線香は他人に向けて振らない」──そんな基本的マナーこそが、外国人にとって最も記憶に残る日本体験となるはずです。

おわりに:「観光大国」ではなく「共生大国」へ

いま日本は、「観光大国」への道を歩んでいます。しかしそれは、単なる人数の競争ではありません。求められているのは、観光客と地域住民、そして自然や文化資源が、互いに尊重しながら共に生きる「共生大国」のあり方です。