2025年現在、日本の子育て支援策は前例のないレベルで拡充されている。少子化対策として、児童手当の増額や保育料の無償化、出産育児一時金の増額など、政府は次々と施策を打ち出している。しかし、その一方で現場からは「実感がない」「使いにくい」「支援が届いていない」という声が根強い。なぜこうした“すれ違い”が生まれているのか。制度と現実のギャップを読み解く。
支援は「ある」のに「使えない」現実
内閣府の調査によれば、現在の子育て世帯のうち、国や自治体の支援制度を「十分に利用できている」と答えた家庭はわずか38.7%にとどまる。特に共働き世帯やひとり親世帯では、「申請手続きが煩雑」「制度の存在を知らなかった」「時間がなくて申請できなかった」などの理由で支援を受け損なうケースが多い。
例えば、2024年度から始まった「出産育児応援給付金(10万円支給)」は、妊娠届の提出後に自治体で申請が必要だが、その申請方法は自治体ごとに異なり、オンラインでの対応ができない地域も多い。忙しい妊婦や出産後の親にとって、役所に何度も足を運ぶのは現実的ではない。
制度設計と現場運用のズレ
制度そのものはあっても、それが実際の生活リズムやニーズに即していなければ“宝の持ち腐れ”となる。例えば、保育所の整備が進み、認可保育園の待機児童数は過去最少となったが、その背景には「隠れ待機児童」の存在がある。
仕事の勤務時間と保育園の開所時間が合わないために利用を断念するケースや、希望の園に入れず不便な場所に通う親も多い。特に都市部では“競争倍率の高い保活”が常態化し、育休中から保活を始めなければ希望の園に入れないという声もある。
「ひとり親支援」はなぜ機能しにくいのか
支援が届きにくい典型例として、ひとり親家庭が挙げられる。2025年現在、日本の母子家庭の貧困率は44.5%(OECD基準)と先進国中でも極めて高い。しかし、自治体が用意する母子手当や生活支援は、申請の煩雑さや収入要件の厳しさによって、必要な家庭に届いていない。
さらに、非正規雇用や夜間勤務など、ひとり親特有の就労スタイルに制度が対応できていない現状もある。例えば、子どもの急病に備えて柔軟な保育体制が求められるが、夜間・休日保育を行う施設は極めて少ない。
「心の壁」も見逃せない
支援を受ける側の心理的ハードルも見逃せない要因だ。「行政の支援を受けるのは恥ずかしい」「人に頼るのは迷惑になるのではないか」といった気持ちが、支援の申請をためらわせる。特に地域社会とのつながりが希薄な都市部では、周囲に相談できる相手がいないことで孤立し、情報不足に陥りやすい。
こうした“見えない壁”を乗り越えるためには、支援制度の告知強化だけでなく、民間団体や地域コミュニティとの連携による伴走支援が重要になる。実際、NPOや地域子育て支援センターが中心となり、申請の手続き支援や情報提供を行うことで、利用率が改善した自治体もある。
デジタル化の遅れが障害に
政府は「デジタル庁」を設置し、行政のデジタル化を進めているが、子育て支援の分野では依然として紙の申請書類や窓口対応が多く残っている。たとえば、保育園の申込みや児童手当の変更届など、いまだに「平日に役所に出向く」ことが前提となっている手続きも多い。
また、マイナポータルを活用したオンライン申請は一部進んでいるが、自治体ごとに対応状況が異なり、全国一律の利便性が確保されていない。結果として、「どこまでオンラインでできるのか分からない」という声が保護者から上がっている。
支援が届くために必要なこと
子育て支援制度が本当に役に立つためには、「制度がある」だけでは不十分だ。現場に届き、生活にフィットし、心理的にも利用しやすいものでなければ意味がない。以下のような対応が今後求められるだろう:
- 申請手続きの簡素化と一元化(ワンストップ化)
- スマホ対応を前提としたUI設計による利便性の向上
- 現場の声を反映した制度設計(勤務時間、住環境、家族形態に応じた柔軟性)
- 専門相談員や支援ナビゲーターの配置による伴走型支援
- 民間・地域団体との連携によるアウトリーチ強化
“制度疲れ”しないために
子育て支援において重要なのは、制度の厚みだけではなく、「実際に利用される制度」であるかどうかだ。紙の制度設計ではなく、“人の体温”を感じられる支援のかたちが求められている。少子化が加速する日本にとって、今後問われるのは「どれだけ支援制度を作ったか」ではなく、「どれだけの家庭が支えられたか」という“支援の質”なのかもしれない。