観光の町に住民がいないという矛盾

全国各地の温泉地で進む“高齢化”と“人口減少”は、いまや深刻な地域課題である。華やかな観光パンフレットに彩られた温泉街の背後で、地元住民の姿が消えていく。旅館や土産物店はにぎわっていても、その地域に暮らす人々の数は年々減り、町の中心部でさえ空き家が目立ち始めている。

なぜ、観光資源という地域の“強み”があるにもかかわらず、温泉地は“高齢化の町”になってしまうのか。この矛盾の根本には、観光と暮らしの距離感が横たわっている。

「観光で稼ぐ町」の限界

観光地としての発展は、経済的に見れば地域に一定の雇用と収入をもたらしてきた。しかし、その構造は極めて季節依存・イベント依存で不安定だ。大型連休や観光シーズンには観光客でにぎわう一方、閑散期にはシャッター通りが広がり、安定した雇用は生まれにくい。若者が定住しようとしたとき、「年中働ける職がない」というのは大きな障壁となる。

また観光業に従事する多くの仕事は、いまだに労働時間が長く、賃金が低い現場も多い。観光で“稼ぐ”町は、そこで“暮らす”町としての機能を十分に持っていない。これは「観光で潤っているように見えるのに、地元の若者は出て行く」という逆説的な状況を生む。

温泉地の住宅事情──住めない町になった現実

観光地の地価は上昇しやすく、住宅供給にも影響が出る。多くの温泉地では宿泊施設や別荘用地が優先され、若い家族が住むための住宅が不足している。古い住宅は空き家になってもリフォーム費用が高額なため放置されがちで、「住めない町」としての印象が定着しつつある。

加えて、医療・教育・交通といった暮らしのインフラも都市部に比べて整っていない。日常生活の“不便”が積み重なれば、若い世代がUターンや移住をためらうのも当然だ。

温泉地に押し寄せる“団塊の世代”

一方で、温泉地には今、高齢者の移住が増えている。特に団塊の世代が退職後に第二の人生として温泉地を選ぶケースが増え、“終の住処”としての需要は高まっている。しかしこれは、結果的に地域全体の高齢化を加速させる要因にもなる。

観光業界としては歓迎すべき現象だが、住民構成の偏りは医療や福祉への負担増をもたらす。さらに、地域の将来を担う若年層が少ないままでは、町の活力を維持するのが難しい。

解決の鍵は「暮らせる観光地」づくり

高齢化と人口流出という課題に対し、自治体や地元団体は様々な取り組みを始めている。「住みやすさ」を観光地の魅力に取り込もうとする動きもある。たとえば、一部の温泉地では移住者向けに子育て支援や空き家バンクの制度を整え、生活インフラの整備にも力を入れている。

また、地域内の雇用の多様化も重要だ。観光業だけでなく、ITやテレワークを活用した新しい働き方を受け入れることで、若年層の定住を後押しする試みも始まっている。

観光と定住の共存へ

温泉地の未来は、単なる観光地ではなく「暮らせる場所」として再定義されるかどうかにかかっている。観光客を受け入れながら、そこに暮らす人々の生活を豊かにする──その両立は決して簡単ではないが、持続可能な町づくりに向けて不可欠な視点である。

華やかな観光資源の裏に潜む、人口流出と高齢化の現実。それを克服するためには、“観光のための町”ではなく“暮らしと観光が共存する町”という、新たな発想が求められている。