■「外人が買ってるから高くなる」は本当か

近年、日本の不動産市場において「外資の買い占め」が社会問題として取り上げられるようになった。特に北海道の水源地や沖縄のリゾート地、東京湾岸のタワーマンションなどでは、外国人投資家による買い付けが加速し、地元の住民が手を出せない価格帯にまで高騰してきたことが背景にある。

こうした状況を受け、政府や一部政党は「外資による土地取得への規制強化」を打ち出し始めている。いわゆる「外人規制」は、国家安全保障の観点からも一定の説得力を持つが、その副作用として、不動産市場に冷や水を浴びせる結果になりかねない。事実、2025年に入り、湾岸エリアや一部の観光地では、外国人の購入意欲が目に見えて減少し、値崩れを起こした物件も出始めている。

「このまま外資が引けば、不動産バブルは崩壊するのではないか」

そんな懸念が市場関係者の間でささやかれ始めている。しかし、話はそう単純ではない。なぜなら、価格を押し下げるべきもう一つの力、「供給過剰」がこの国にはないからだ。

■建築コストの“崖”──供給を阻む二重苦

2020年代後半に入って、日本の建築業界は深刻な構造的問題に直面している。それが、建築資材価格の高騰と、人件費の上昇だ。

ウッドショック以降、世界的な物流停滞とインフレが相まって、鉄骨・銅・セメントといった主要建材の価格は高止まりしている。加えて、長期的な職人不足、技能実習制度の見直しによる外国人労働者の減少もあり、現場で働く人件費も跳ね上がった。東京23区内での建設単価は、2020年比で最大30〜40%近く上昇したとも言われる。

その結果、多くの中堅デベロッパーは新築分譲の計画を見送った。「売れるが利益が出ない」「コストが読めない」「資金調達が難しい」──こうした声が業界内に充満している。

つまり、需給のバランスを考えれば、需要は弱まりつつあるのに、供給も止まっている。この状況で価格が“正常に”下がるはずがないのだ。

■値崩れなき暴落──二極化する住宅市場

現在、日本のマンション市場では奇妙な現象が起きている。湾岸のタワーマンションなど、富裕層向けの物件は価格を維持、あるいは上昇させている一方で、郊外の中古物件や旧耐震の物件は値下がり傾向にあるのだ。

不動産ポータルサイトを見れば分かるが、例えば2021年に8,000万円だった都心の築浅マンションが、2025年でも同程度の価格で売り出されている。一方で、首都圏郊外の築30年以上の物件は、価格が2割以上下がっても売れ残るケースが目立つようになった。

この現象を一言で表すなら、「値崩れなき暴落」だろう。平均価格だけを見れば「まだ高い」と見えるが、実際には資産価値が維持される物件と、投げ売りされる物件がはっきりと分かれ始めている。つまり、不動産が“分断”の象徴になりつつあるのだ。

■庶民には届かないマンション

もっとも深刻な影響を受けているのは、中間層の若者たちだ。

いま、年収600万円の共働き夫婦が、都内で70㎡の新築マンションを買うことはほぼ不可能になっている。住宅ローンの返済比率、固定資産税、管理費・修繕積立金を考慮すれば、「買っても暮らせない」状態に近い。

それでも価格は下がらない。なぜか?──売り手(=デベロッパー)側に「値下げしてまで売る理由」がないからだ。高コストで仕入れた土地、高額な建築費を背負ったまま、価格を落とせば赤字になるだけ。つまり、売らない選択肢=供給絞りが合理的となっているのだ。

こうして、新築マンションは“金持ちのための資産商品”となり、若年層は賃貸へと追いやられる。住宅が「生活の基盤」から「金融商品」に変わる瞬間である。

■静かな崩壊──バブルではなく“機能不全”

では、この状況はかつてのバブル崩壊と同じかというと、そうではない。あのときは“上がりすぎた価格”が“実態に戻った”だけだった。しかし今は、“建てられない”がゆえに価格が維持され、“買えない人”が増えている。

これは暴落ではなく、「静かな機能不全」である。

例えば、湾岸部のタワーマンションは新築供給が止まり、中古価格が高止まりする。入居者は富裕層か投資家で、地域コミュニティは希薄になる。地元の小学校は定員不足の心配を抱え、子育て層は流入できない。これは“都市機能の空洞化”に等しい。

同時に、地方では空き家と投げ売り物件が増え続け、資産価値の毀損が止まらない。持ち家は「負債」となり、若者は都市部の高騰賃貸へと流れ込む。そこにも“住めない現実”が待ち受けている。

■持ち家信仰の終わりと、日本社会の転換点

このように、「外資規制で不動産が暴落しそうだが、結局マンションは安くならない」という現象の先には、日本社会の大きな転換がある。

・家を買わない世代の増加
・賃貸生活の定着
・都市と地方の極端な価値格差
・空き家問題の深刻化
・“不動産資産”を持たない者の老後リスク

いま求められるのは、単なる価格対策や金融政策ではない。「住まいとは何か」を問い直す、住宅政策の大転換である。

・空き家の流通促進
・国による住宅購入支援
・リノベーション推進と補助金制度
・若者向けの低価格賃貸住宅の整備

それを怠れば、「家を持てない国・住めない社会」として、日本はさらに格差と分断を深めていくだろう。