2025年現在、日本社会では「大学に行くのが当たり前」という価値観が揺らぎ始めている。かつては高学歴こそ安定した将来へのパスポートとされてきたが、就職市場の変化、若者の価値観の多様化、そして何より“学ぶ場”そのものが変化したことで、大学進学という選択に再考を促す動きが広がっている。

「そもそも大学は何のためにあるのか?」──この問いに、多くの人が今、改めて向き合っている。

1. 崩れゆく“学歴神話”の実態

高度経済成長期から1990年代まで、日本では「良い大学に入れば良い企業に就職できる」「大企業に入れば一生安泰」といった価値観が支配的だった。実際に学歴と初任給、雇用安定性の間には一定の相関があり、大学進学率は上昇の一途をたどってきた。

しかし、その構図は今、確実に変わりつつある。2024年に文部科学省が発表した調査では、大学卒業後3年以内の離職率は約32.8%と高水準にあり、また大卒でも非正規雇用やフリーターになる若者も少なくない。特に地方の大学では、学生数を確保できずに学部再編や統廃合が進んでおり、大学が“人生の正解”である保証は崩れつつある。

社会が求める人材像も変化している。「どこの大学を出たか」よりも「何ができるか」「どんな経験をしてきたか」が重視されるようになり、スキルベースの採用を導入する企業も急増。大手IT企業やベンチャーの中には、学歴不問で採用を行う事例も増えてきた。

2. 学費・時間・費用対効果の再検証

大学進学にかかる経済的・時間的コストも、若者にとっては大きなハードルだ。現在、日本の私立大学の文系学部4年間の平均学費は約400万円、理系では600万円を超える。加えて生活費、家賃、教科書代などを含めれば、トータルで1000万円近くの出費になることも珍しくない。

一方、大学卒業後に得られる経済的リターンが相対的に減っているという現実もある。年収格差は以前よりも縮小し、大卒だからといって自動的に“高収入・安定生活”が手に入る時代ではない。むしろ学費の負担で奨学金という名の借金を背負い、社会人生活をマイナスからスタートする若者も多い。

こうした状況を踏まえ、大学進学を“投資”と見なした場合に、果たしてそのリターンは見合っているのか──この問いが、現実味を帯びて若者の前に立ちはだかっている。

3. “学び”の選択肢は大学だけではない

インターネットとテクノロジーの発展は、「学ぶ場」を大学に限定する必要をなくした。YouTubeやUdemy、Schooなどのオンライン講座、AIを活用した個別学習アプリ、海外の大学が開講する無料のMOOC(Massive Open Online Course)──知識やスキルは、今やスマホ一つで手に入る時代だ。

たとえば、Webデザインやプログラミングといった実践スキルは、専門学校や短期ブートキャンプで数ヶ月学べば、現場で通用するレベルに到達できるケースもある。動画編集やマーケティングなども独学や副業を通じて習得可能で、むしろ大学に4年間通うより早くスキルを身につけて実務経験を積むルートが現実味を増している。

Z世代の中には、「好きなことを突き詰めたい」「自分の価値で仕事をしたい」と考える人も多く、肩書きよりも“中身”を重視する風潮が強まっている。そうした価値観の変化が、「大学に行かなくてもいい」という選択肢を後押ししているのだ。

4. 高卒で社会に出るという選択肢

かつて「高卒=不利」というイメージがつきまとっていたが、それもまた変わりつつある。高卒で就職し、現場で経験を積みながらキャリアアップしていく人材や、20代で起業して成功する若者も増えている。特に人手不足が深刻な建設業、介護、IT業界では、若手の即戦力採用に積極的な企業も多い。

また、公務員や資格職(看護師、保育士など)では、高卒からのキャリア構築も十分可能だ。むしろ早くから現場経験を積める点で、大学進学よりもメリットがある場合もある。

「大学に行くか」「就職するか」の2択ではなく、「大学に行かずに社会に出る」「自分の学びを設計する」といった第三の道を歩む若者が、これからはさらに増えていくだろう。

5. それでも大学で得られる“価値”とは

ただし、こうした流れの中でも大学の存在意義が完全に失われたわけではない。むしろ、大学にしかない価値が再評価されている。

それは「時間」と「人脈」と「探究の自由」である。大学4年間は、自分と向き合う時間、さまざまな価値観と出会う機会、好きなことを深掘りする猶予期間でもある。特に文系分野では、「すぐには役立たないが人生の土台になる学び」が存在する。哲学、歴史、文学、社会学──そうした知の積み重ねが、思考力や判断力、価値観の広がりを育むのだ。

また、大学の同級生や教授、OB・OGとの人間関係は、その後の人生においてかけがえのない財産となる。学閥や人脈の影響は依然として日本社会に根強く残っており、これを有効に活用できるかどうかでキャリアの形も変わる。

6. 「新しい学びのかたち」を設計する時代へ

もはや「全員が大学に行く時代」は終わった。これからは「何を学びたいか」「どう学ぶか」を自分で決める時代である。大学はそのための一手段でしかなく、「目的」ではない。大学に行く意味が明確であれば進学すべきだし、そうでなければ他の選択肢を選んでもよい。

2025年のいま、学び方は無数にある。正解は一つではなく、それぞれのライフスタイルや価値観に応じて“学びの地図”を描くことが求められている。自分なりの学び方を設計し、アップデートし続ける力こそが、変化の激しいこれからの時代に必要なスキルなのかもしれない。