2025年6月末、イスラエルとイランの軍事衝突は、アメリカのトランプ大統領による仲介のもと、事実上の停戦状態へと移行した。イスラエルの首都テルアビブ、イランのテヘランを標的とする報復の応酬、ガス田やタンカーへの攻撃など、一時は「全面戦争か」との声も上がったが、戦闘は短期で沈静化しつつある。25日からはイスラエルの主要空港も通常運航を再開しており、緊張はひとまず和らいだ。
だが、世界の金融市場は当初から冷静だった。日経平均株価は堅調に推移し、ビットコインも一時的な下落はあったがレンジ内で推移、WTI原油や金価格もむしろ下落基調に転じている。なぜ、これほどの衝突にもかかわらず市場は動揺しなかったのか?
1. 実質的な戦力差と制空権の現実
今回の衝突で明らかになったのは、イランの軍事的限界である。イスラエルは開戦初期からイラク上空を含めた広範囲に制空権を掌握し、イラン側は航空戦力を展開できず、もっぱら地対地ミサイルに頼らざるを得なかった。制空権の喪失はわずか2〜3日で決定的となり、航空戦力を使えないイランは体制維持そのものが困難な状況に陥った。
これは、ロシアがウクライナ戦争で3年経っても制空権を確保できずに膠着している状況とは対照的である。イスラエルは短期間で空軍優位を確保し、衝突全体を掌握することで戦闘の長期化を回避した。
2. ホルムズ海峡と“封鎖”の不可能性
緊張の高まりとともに注目されたのが、原油輸送の要衝・ホルムズ海峡の封鎖であった。しかしこれは、現実には実行不可能なシナリオであった。海峡の大部分は中立国オマーンの領海に属し、イラン単独で航路を制圧することは地理的にも軍事的にも困難である。
さらに、イランの主要原油輸出先は中国であり、自ら海峡を封鎖すれば中国向け輸出にも支障が生じる。中国は外交的圧力を通じてイランの行動を抑制していたと見られる。現時点でもホルムズ海峡の航行に深刻な支障は確認されておらず、原油価格もWTIで70ドル前後まで下落している(6月25日現在)。
3. 日本はイラン原油に依存していない
日本でも原油高騰による物価上昇が懸念されたが、実際にはイラン産原油への依存度は極めて低い。日本のエネルギー輸入は主にサウジアラビア、UAEなどの湾岸諸国が中心で、イランとの直接的な経済関係は限定的である。
また、エネルギー輸入の多角化も進んでおり、短期的な輸送リスクがそのまま価格高騰に直結する状況ではない。
4. 市場は“想定された戦争”に冷静だった
戦争が現実化し、ミサイルが飛び交ったにもかかわらず、日経平均は上昇、NYダウも下げ止まり、原油・金は下落傾向、ビットコインもレンジ内での動きにとどまった。
背景には、今回の軍事衝突が「限定的」で「想定内」だったという市場の読みがある。米国はトランプ政権下でB-2爆撃機を投入してイランの核施設3カ所を攻撃したが、完全破壊には至っていないとの報道もあり、追加攻撃の予定はないと見られている。一方で米政府は「完全に破壊した」と主張しており、報道の不一致もある。
いずれにしても、米国のさらなる軍事拡大がないという市場の見通しが、不安を和らげた形だ。
5. メディアと市場の温度差──“誤報”と“正しく恐れる”姿勢
市場が冷静である一方、SNSや一部メディアでは過激な見出しが並んだ。「ホルムズ封鎖」「原油200ドル」「第三次世界大戦」──現実とは乖離した論調も目立った。
当コラムもまた一定の危機感に基づいて情報発信をしてきたが、結果として現実の影響は限定的だった。だがそれは、国際社会が迅速に対応した成果でもある。危機を過大評価したことが誤りだったとは言い切れない。
次に備える冷静な視点を
今回の軍事衝突は、「想定された戦争」と「想定内の停戦」であった。SNSや一部メディアが不安を煽る中でも、市場は一貫して冷静に振る舞った。今後も、報道が過熱する中で、私たちが求められるのは「正しく恐れる」視点である。
空港の再開、原油価格の下落、米国の追加攻撃見送り──こうした事実を踏まえて、リスク評価を冷静に見直すことが、次の危機に備える第一歩となるだろう。