2025年6月中旬、イスラエルとイランの間で軍事衝突が激化した。両国の首都に対する報復攻撃や海上輸送の危機、天然ガス施設の爆撃など、「戦争」という言葉を用いても過言ではない状況が続いている。
だが、世界の金融市場は予想とは異なる反応を見せている。日経平均株価はむしろ上昇し、ビットコインも高値圏を維持、原油価格も一部の暴騰を除けば、落ち着いた値動きにとどまっている。なぜ、戦争という最大級の地政学リスクにもかかわらず、市場は冷静なのか?
1. 想定内の戦争──市場が織り込んでいたリスク
市場は「不確実性」を嫌うが、「予見された不確実性」には比較的耐性がある。イスラエルとイランの対立構造は以前から明確であり、衝突のリスクは既に価格に織り込まれていたという見方がある。
2024年末以降、紅海やシリア情勢の不安定化により中東全体が緊張感を高めていた。金融市場では早くから原油や防衛関連銘柄に資金が流入しており、今回の戦争は“想定内の激化”として受け止められている側面がある。
2. 原油が暴騰しない理由──供給停止は「まだ」起きていない
イスラエルによるイランのガス田攻撃や、ホルムズ海峡封鎖の懸念があるにもかかわらず、WTI原油は71ドル台(2025年6月17日時点)で推移している。
理由は明確だ。現時点では実際の供給が大きく止まっていないためである。サウジアラビアやUAEといった湾岸産油国は安定供給を維持しており、米国も戦略備蓄(SPR)からの放出を示唆。つまり、「供給懸念はあるが、まだ現実の不足には至っていない」ということだ。
さらに、中国やインドなどの主要消費国が価格高騰への備えとして備蓄増を控えた動きも、上値を抑制している。
3. 株式市場──悪材料が「利下げ期待」に転化する構造
日本を含む先進国の株式市場では、「地政学的リスク=株安」という常識が通用しなくなっている。FRB(米連邦準備制度)の利下げ観測が強まっており、むしろ「リスクが顕在化するほど金利が下がる=株にプラス」という逆説的構図が形成されている。
さらに、日本の場合は円安が輸出企業にとって追い風となり、自動車や機械関連などの大型株に資金が流入。中東の混乱が結果的に「安全資産としての日本株買い」を呼ぶという皮肉な現象すら見られる。
4. ビットコイン──制裁回避とリスク資産の交差点
戦争が拡大する局面において、ビットコインのような“無国籍通貨”は特異なポジションを取る。2025年現在、ビットコインは高値圏を維持しており、イランやロシア、中国などの資金が制裁回避の手段として暗号資産を利用しているという観測がある。
ビットコインは今もなお「デジタルゴールド」と称されるが、戦争や有事における反応は金とは異なる。実際、今回のイスラエル・イラン戦争でもビットコインはレンジ相場の範囲内にとどまっており、逃避先としての性格は限定的である。
それでも下落しない背景には、世界中の機関投資家や企業による安定した買いがある。米ストラテジー社や日本のメタプラネットが代表例で、特にメタプラネットは1万BTCを突破し、保有量で世界第9位に浮上。こうした買い支えが底堅さを生んでいる。
5. トランプ・プーチン会談──世界大戦回避の“政治的シグナル”
2025年6月15日、トランプ大統領はロシアのプーチン大統領と電話会談を行った。表向きは中東情勢に対する懸念の共有だったが、舞台裏ではイスラエルとイランの“暴走”を抑えるための調整役として両者が動いているという観測もある。
バイデン政権時代には困難だった米露間の緊急連絡が成立したことは、国際社会に「大国がまだ制御可能である」という安心感を与え、市場のパニック回避に大きく貢献している。
6. 結語:危機は静かに進行する──次に備えるべきこと
市場が冷静だからといって、危機が去ったわけではない。むしろ“価格に織り込まれたとされるリスク”が現実となったときこそ、暴落は唐突に訪れる。
ホルムズ海峡の封鎖、イランの本格報復、イスラエルの全面侵攻、そして米軍の介入。これらが現実になれば、原油は150ドルを超え、株式市場は暴落、円は急騰、ビットコインすらもリスク資産として売られる可能性がある。
市場が平静を保っている今だからこそ、冷静に「次の波」に備える必要がある。そのためには、表面的な価格ではなく、背後で動く「地政学と資本の論理」を見誤らないことが、我々に求められている。