「また10円上がってる」「最近は見切り品コーナーを先に見るようになった」──そんな会話が、いまや全国のスーパーで日常化している。2022年から続く物価上昇は、2025年現在もなお収束の兆しが見えない。とくに食品や日用品の値上げが目立ち、家計を直撃している。
一方で、ニュースでは「原材料価格の高騰」「人手不足」などの定型文が繰り返されるが、それだけでは納得できない人も多いだろう。果たして、スーパーの値上げが止まらない“本当の理由”とは何か。本稿では、その背後にある国内外の経済構造、政策、産業の変化を多角的に検証する。
■ 表面的な理由:「円安」「物流費」「人件費」
まず、ニュースで繰り返される「値上げの三大要因」は以下の通りだ:
- 円安の進行
輸入品に依存する日本では、円安によって小麦・トウモロコシ・大豆・油脂・畜産飼料などの価格が上昇。2022年から始まった円安傾向は2025年時点で1ドル=150円前後を維持し、輸入コストに跳ね返っている。 - 物流費の増加
2024年の「2024年問題(トラックドライバーの残業規制)」によって、配送能力の低下と運賃の上昇が発生。中小スーパーは共同配送に移行する例もあるが、最終的なコストは消費者負担となる。 - 人手不足と最低賃金の上昇
高齢化と人手不足の影響で、スーパーのレジ係・品出し・清掃などの時給が上昇。さらに政府は毎年のように最低賃金を引き上げており、時給1000円超が標準となった地域も増えている。
しかし、これらはあくまで「直接的な要因」であって、なぜ“止まらない”のかを説明するには不十分だ。次章では、より根本的な構造問題を探る。
■ 真の要因①:価格転嫁を許す「社会空気」と経営戦略の転換
かつての日本では、値上げは“悪”とされ、企業は内部努力で価格据え置きを続けてきた。しかし近年はこの常識が崩れつつある。その背景には次のような変化がある。
◯ 消費者の「仕方ない」意識
長引く物価上昇により、消費者自身も値上げに慣れ始めた。SNSやテレビでも「原材料高だから仕方ない」とする声が増え、「買わない」より「文句を言わない」が主流となっている。
◯ 小売・メーカー側の戦略転換
以前は、スーパー側がPB(プライベートブランド)で値下げ競争を仕掛け、メーカーは利幅を削って応じる構造だった。だがいまは**「高く売っても買ってもらえるなら値上げしよう」**という戦略が浸透している。
たとえば、大手食品メーカーは相次いで値上げを発表しているが、それに対する大規模な不買運動や売上急減は起きていない。「売れる価格」を見極めて段階的に上げるという**“計算された値上げ”**が横行しているのだ。
■ 真の要因②:国内農業と食品産業の“構造的弱体化”
スーパーの商品価格は、流通や小売の問題だけでは決まらない。日本の農業・畜産・食品製造業そのものが直面する構造問題も大きい。
◯ 食料自給率の低さと輸入依存
日本の食料自給率(カロリーベース)は38%前後。これは先進国の中で最も低く、原材料の多くを輸入に頼る構造になっている。ゆえに、世界情勢や為替の影響を強く受ける。
さらに、国産原料を使う場合も、農家の高齢化・担い手不足・肥料価格の高騰などで、コストは上がり続けている。
◯ 中小食品メーカーの淘汰と寡占化
低価格競争の中で、多くの中小食品メーカーが廃業。市場は大手の寡占状態となり、結果として価格決定力が上がりやすくなっている。また、地方に根ざした加工業者やローカルブランドが衰退し、“価格競争の多様性”が失われつつある。
■ 真の要因③:実質賃金の低下と「相対的インフレ」
驚くべきことに、日本では物価が上がっているのに、賃金がそれに追いついていない。つまり、消費者の「体感負担」は二重の意味で増している。
厚労省の統計によると、2024年度の実質賃金は前年比マイナスで、賃上げ分を物価上昇が打ち消している状態。これにより、スーパーのレジ前で「また上がってる」「買うのを我慢しよう」と感じる家庭が増えている。
これはいわば「相対的インフレ」であり、経済成長と連動しない“苦しい物価上昇”である。企業が値上げする理由は正当でも、それを受け止める側の所得が上がらなければ、消費は萎縮し、社会は疲弊する。
■ 真の要因④:「見えない補助金」の消失と政策転換
意外に知られていないが、日本の食品価格には多くの間接的な「補助」や制度的支援」が含まれていた。たとえば:
- 農業への直接補助金(米・小麦・乳製品など)
- 燃料価格高騰時の輸送補助
- 電気・ガス料金への支援策(公共料金を通じて間接支援)
ところが、2023〜2025年にかけてこれらの支援策が縮小・打ち切りとなっている。政府の財政健全化方針により、企業や農業への「裏支え」が失われたことで、コストが一気に可視化された結果、スーパーの棚に反映される価格も上昇したという構図だ。
■ ではどうすればいいのか?──個人・企業・政府の選択肢
値上げの原因が構造的である以上、短期的な“価格抑制”は難しい。だが、次のような中長期的な対策は模索可能だ。
◯ 個人:買い方を見直す
- 地元産の農産物やローカルブランドを選ぶ
- 買いだめ・まとめ買いより、必要なものを見極める習慣
- 値上げされた商品と代替品を冷静に比較する視点
◯ スーパー:地域密着と「納得価格」の再定義
- チラシや店内放送で「なぜ上がるのか」を説明し、共感を得る販売戦略
- 地元業者との連携による「コストの見える化」
- 値上げばかりでなく「据え置き」の工夫も伝える
◯ 政府:補助の再設計と中小支援の強化
- 一律の支援よりも「生活必需品のピンポイント補助」へ転換
- ローカル経済を支える中小業者への減税やインフラ支援
- 実質賃金の回復を重視した「構造賃上げ」政策の本格化
■ まとめ──「高くなった」だけではない変化を読む
スーパーの値上げは、単なる物価の話ではない。それは、日本社会の構造変化、経済政策、企業行動、そして私たち自身の意識が複雑に絡み合って生まれている現象である。
レジ前で感じる「またか…」というあの感覚こそが、経済の深層を映す“社会の鏡”なのかもしれない。そしてこの鏡から目を背けず、「なぜ?」を問い続けることが、次の時代の家計と社会を守る第一歩となる。