■ はじめに──SNSは「個人のつぶやき」か、「世論の起爆剤」か

2006年の創設以来、Twitter(現X)は「個人の声を広く発信できる画期的なツール」として拡大してきた。芸能人や政治家、ジャーナリスト、企業、さらには一般市民が等しく言葉を放ち、リアルタイムで社会が動く様は、まさに「民主的な情報空間」の到来を予感させた。

だが、2023年のイーロン・マスクによる買収以降、Twitterは「X」となり、方針や機能が大きく揺れ動いた。その変化は単なるサービスの改名ではなく、「SNSとは何か」「誰が情報を制御するのか」「世論形成において誰が優位に立つのか」という、より本質的な問いを我々に投げかけている。

本稿では、Xが持つ「世論形成装置」としての特性を多角的に分析し、「ポストSNS時代」の情報戦略について考察する。

■ なぜX(旧Twitter)は「世論形成力」を持ち得たのか?

Xが他のSNSと異なる点は、その**情報の速度と拡散性、そして構造的な“見える化”**にある。

◯ リアルタイム性と拡散の同時性

Twitterの設計思想は、当初から「瞬間的な思考の共有」にあった。ニュース速報、事件現場の報告、炎上、運動──そのどれもが「数秒単位」で社会に波紋を広げる。特にリツイート機能は、他者の言葉を自分の言葉として広めることを可能にし、個人の影響力を桁違いに増幅させた。

◯ ハッシュタグによる“即時的な言語化”

「#検察庁法改正案に抗議します」や「#わきまえない女たち」など、日本でも特定の政治・社会運動がハッシュタグを通じて拡散された事例は枚挙にいとまがない。これは、バラバラの声を一つの文脈で結びつけ、「見える声」「数値化された空気」として提示する機能をXが備えていることを意味する。

◯ フォロー文化とエコーチェンバー現象

Xはタイムラインに表示される情報が「自分が選んだアカウントによって構成される」という特徴を持つ。これは自分の意見を補強してくれる環境──いわゆるエコーチェンバー──を作りやすい。逆に言えば、意図的に情報をコントロールできるということでもある。

■ ポストマスク時代のX──民主的空間か、寡占的メディアか?

イーロン・マスクによる買収は、Xの“公共性”を大きく変質させた。

◯ 認証バッジの有料化とアルゴリズムの変容

2023年以降、認証済みバッジが有料制となり、投稿の可視性やリプライの優先順位が「課金ユーザー」に偏るようになった。これは、かつての「誰でも等しく拡声器を持てるSNS」から、「金を払った者がより声を届けられる空間」へと転換したことを意味する。

◯ 情報の「演出」が可能に

一部のインフルエンサーや企業が、広告ではなく“意見風の投稿”として情報を流すことで、世論の方向性に微妙な影響を与える「ソフト・プロパガンダ」が常態化している。投稿主の背後にある資本や政治意図が不明なまま、フォロワー数と共感で“真実らしさ”が増していく構造は、むしろテレビCMよりも巧妙だ。

■ SNSによる世論形成の成功例と失敗例(日本編)

◯ 成功例:「検察庁法改正案に抗議します」ムーブメント(2020年)

著名人による連続投稿とともにハッシュタグが拡散され、わずか数日で数百万件のツイートが集まった。結果的に法案は見直しに追い込まれ、「SNSが政治を動かした」象徴的な例となった。

◯ 失敗例:「マスク義務化反対」運動

コロナ禍における一部のSNS上の運動は、現実社会にほとんど波及せず、逆に陰謀論や差別的表現の温床として批判を浴びた。これは、SNSの世界と現実社会との温度差を浮き彫りにしたケースである。

■ 世論とは何か──「群衆の声」と「声の演出」の間で

SNS上で“盛り上がっている”テーマが、実際に世論を形成しているかは慎重に見極める必要がある。

  • SNS世論:主に都市部の若年層やリテラシー層に偏りがある
  • メディア世論:報道によって編集され、可視化される意見
  • 実体世論:選挙や投票、アンケートなど定量的に把握されるもの

X上での発言がメディアに拾われ、さらにテレビや新聞を通じて高齢層にまで波及し、それが再びXに還流する──このような「循環構造」が成立したとき、SNSは単なる雑談ツールを超えて“世論形成装置”となる。

■ ポストSNS時代の情報戦略──「波を起こす」のではなく「場を作る」

かつては「バズる」ことが最大の情報戦略とされていた。しかし現代では、以下のような「構造戦略」がより重要視されつつある。

◯ ロングテール型の意見蓄積

一度の拡散よりも、継続的に一定の論点を掲げ続ける方が、アルゴリズムに評価されやすい。結果として“静かな世論形成”が可能になる。

◯ 共鳴装置としてのタグ・連投・リプ構造

ハッシュタグや連続投稿、リプライの設計によって「巻き込み」と「可視化」が可能になる。メッセージは“一人で叫ぶ”より、“共鳴させる仕組み”を持たせる方が強い。

◯ 「情報生態系」の一部として設計する

Xだけでなく、YouTube・LINE・Instagram・まとめサイト・ニュースアプリと連携し、“情報の川下”にまで流す設計が必要。SNSは源流であり、目的地ではない。

■ 結論:Xは世論を動かす──ただし、「設計」された時に限る

Xは依然として、情報の波を起こす潜在力を秘めている。だが、それは「誰もが自由につぶやけば社会が動く」という幻想ではない。現実には、誰が可視化され、誰が信頼され、誰が意図的に情報を動かしているかという「見えない設計図」が裏で機能している。

ポストSNS時代の情報戦略とは、「一発のバズ」ではなく、「持続的に世論を共鳴させる構造設計」にある。Xを使いこなすとは、単に投稿することではない──「空気を作る技術」である。