はじめに──「やりがい」より「自分らしさ」の時代へ
かつて、日本の社会では「いい大学に入り、いい会社に入ること」が人生の正解とされてきた。しかしその価値観は、Z世代(おおむね1996年〜2012年生まれ)において、大きく変化している。
「出世したいと思わない」「正社員にこだわらない」「年収よりも働きやすさ」──こうした声は今や少数意見ではない。むしろ、Z世代にとって“キャリア”とは、単なる仕事の積み重ねではなく、「どう生きたいか」という人生観の延長線上にある。
本記事では、Z世代のキャリア観の特徴を整理し、その背景にある社会構造の変化と今後の課題について考察する。
1. Z世代とは──デジタルネイティブ世代の輪郭
Z世代は、インターネットとともに成長し、スマートフォンが当たり前の生活環境で育った世代である。SNSや動画配信サービスを日常的に活用し、情報発信にも積極的だ。その特徴として、以下の点がよく挙げられる。
- 多様性と個性を尊重する
- 将来に対する漠然とした不安を抱えやすい
- 効率性や合理性を重視する
- 「所有」よりも「共有」や「体験」を重んじる
このようなZ世代の特徴は、キャリア選択のスタンスにも色濃く反映されている。
2. キャリア観の変化──安定よりも納得感
Z世代の多くは、「将来の安定より、いまの納得感」を重視する傾向がある。高度経済成長期のような「終身雇用・年功序列モデル」はもはや崩壊しており、大企業に入れば一生安泰という神話は通用しない。
実際、リクルートやマイナビなどの調査によると、Z世代の就活生は「会社の知名度」よりも「働きやすさ」「社内の人間関係」「社会貢献性」などを重視する傾向がある。たとえば以下のような声が多い。
「給料が多少低くても、自分の価値観に合った働き方をしたい」
「副業OKの会社が良い。会社一筋で生きる気はない」
これは単なる“甘え”ではなく、変化の早い社会において、個人が自分の軸を持つことの必要性を、Z世代が肌で感じていることの表れでもある。
3. 仕事観の変化──“生きるために働く”から“自分を活かす手段”へ
Z世代にとって、仕事は「人生のすべて」ではない。あくまで「自分らしく生きるための手段」と捉える人が多い。極端に言えば、「仕事は人生の一部に過ぎない」という価値観だ。
- 休みを取ることに躊躇しない
- 転職を前提にキャリアを設計する
- “好き”や“得意”を活かせる職場を選ぶ
また、「自己実現」や「社会とのつながり」を大切にする傾向もある。SNS世代ならではの承認欲求の表れともいえるが、それ以上に「自分の存在価値をどう発揮するか」に関心を持つ、ポジティブな志向性でもある。
4. “働かない”という選択肢もある時代
Z世代の一部では、「なるべく働かずに生きたい」という意識さえ表れている。これは決して怠惰や逃避ではない。むしろ、資本主義的な競争社会に対する冷静な分析と、生活コストを抑えたミニマルな暮らしへの志向でもある。
- 「月10万円あれば暮らせる地方でスローライフ」
- 「週3勤務で副業と趣味を両立」
- 「FIRE(経済的自立・早期退職)を20代から目指す」
Z世代は、仕事中心の生活モデルではなく、“生き方中心”の人生設計を重視する。その意味で、「仕事を選ぶ」のではなく「人生を選ぶ」世代といえるだろう。
5. 背景にある社会構造の変化
Z世代のキャリア観の背後には、次のような社会的要因がある。
▷ 就職氷河期世代や親の背中を見て育った
Z世代の親世代は、バブル崩壊後の「失われた30年」を生き抜いてきた世代である。リストラ、長時間労働、うつ病──その姿を見てきたZ世代は、「あんなふうにはなりたくない」という本能的な危機感を持っている。
▷ 格差社会と不確実な未来
コロナ禍、ウクライナ戦争、気候変動、AIの進展……Z世代は、未来に対する「計画可能性」が乏しい社会のなかで育っている。だからこそ、「今ここ」の幸福や納得感を重視する。
▷ SNSによる価値観の多様化
かつてはTVや雑誌が“正解”を提示していた。しかし、Z世代はTikTokやYouTubeを通じて、世界中の多様な価値観に触れて育った。結果、「会社員として生きる」以外のロールモデルを当たり前に持つようになった。
6. 求められる企業側の変化──“選ばれる側”の視点へ
Z世代は、自分が「働きたい」と思える企業しか選ばない。そのため、企業側も次のような変化が求められている。
- 働く意義やビジョンの明示
- 柔軟な働き方の制度化(リモート、時短、フレックスタイム)
- ダイバーシティ&インクルージョンの推進
- キャリアの自律支援(副業、スキルアップ支援など)
「雇ってやる」という時代は終わり、「選ばれる組織であるか」が問われる時代となった。
7. 今後の展望──キャリアの再定義へ
Z世代のキャリア観は、社会全体の価値観にも大きな影響を及ぼしていくだろう。
もはや「安定=正社員」「成功=昇進」という図式は通用しない。キャリアは“積み上げるもの”から、“自分で設計するもの”へと進化している。
これからの社会では、「仕事」だけでなく「生活」「学び」「地域活動」なども含めた人生全体のポートフォリオとして、キャリアが捉えられるようになるだろう。
おわりに──「キャリア」とは、自分をどう活かすかの問い
Z世代は、無気力でも怠惰でもない。むしろ、自分の人生に真剣に向き合っているがゆえに、「仕事より人生を選ぶ」のである。
そしてその姿勢は、今後の社会をより多様で柔軟なものにしていく可能性を秘めている。
私たちは今、キャリアという言葉の意味を再定義する岐路に立っているのかもしれない。